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皆様こんにちは!!ブラービ音楽事務所の今治禮子でございます。ようこそ平原誠之のホームページに御来場下さいました。有り難うございます。感謝一杯でございます。2003 年2月9日 神戸出身のピアニスト平原誠之が、瀬戸内の美しい海と山と明石大橋が目の前に迫るあじさいホール(シーサイドホテル舞子ビラ神戸)にて、 300席を満席にして弱冠22才の若きピアニストが誕生致しました。以来年間40回余りのコンサートをこなし、毎回繊細で豪快、華麗且つ叙情的で溢れるような情熱とパワーと若く瑞々しい感性に、あくまで透明な美しい色彩を放つオーケストラのような音量と変化、拘束されないボーダーレスな入魂のピアニズムは多くのファンを魅了し続けています。その消え去らない感動と癒しを、平原誠之は人々の心の奥深くにドーンと置いていってくれるのです。デビューしてやっと3年が経ちました。その間平原誠之は心と魂を磨き続け、どんどんグレードアップをしております。ここにブラービ音楽事務所神戸本部公式ホームページを立ち上げる事が出来ました事は無上の喜びでございます。ひとえに多くの素晴らしいファンの方々、そして素晴らしいスタッフに支えられてきたお陰様と深く御礼申し上げます。ブラービ音楽事務所が益々の発展を遂げてきた事は、これも奇蹟のように思えてなりません。今後共皆様の変わらぬご鞭撻とご指導を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
☆今治禮子のお喋りコーナー
初めて知り合った18才の時の平原誠之と、50才の年齢差の私との面白いエピソードなど、ボケてしまわないうちに(すでにボケが回っていますが…)ぼつぼつとお喋りしようかなと思っております。たまにはのぞいて下さいませネ。

平原誠之氏については、今までいろいろな言葉で絶賛されてきましたが、私が最も感じていることは、彼は「弾いている」というよりも、「弾かされている」ということです。それは誰に…?「悲しい」「楽しい」といった表現のできる音楽家はいくらでも存在します。しかし「嬉しさの中にも寂しさを感じる」「激しい情熱の源は、人生そのものを感じる」「作曲家の魂が宿る」「バッハやモーツァルトが本当にやりたかったこと?」「ショパンがあと十年生きていたら…」
あげていけば、きりがないくらい「平原音楽」は、いろいろなことを教えてくれるのです。もし、他の人が彼の真似をしようとしても、それは音楽的に優れたものにはならないでしょう。「平原ワールド」は、神に与えられたものであり、常人が決して近づくことのできない境地です。この偉大なるピアニスト・作曲家が、今後大きく羽ばたいてくれることを、切に期待しています。
平原誠之の「アルハンブラ宮殿の想い出」について・・・ 桑田守喜
「ピアニスト」「作曲家」平原誠之氏の肩書きは、そうなのかもしれない・・・しかし、私はこれらの言葉だけで彼を語ることはできない。2004年10月 23日、ギタリストである私は自らのコンサートで「アルハンブラ宮殿の想い出」を弾いた。会場には、平原氏がいた。今でも覚えている。「一度も表現したことのない音が出ている」「お客様から伝わってくるものが、いつもと違う」ふとそう思った。そして我に返った時、拍手の音が聞こえた。それから1週間後、平原氏から一通の電子メールが届いた。「神様からの贈り物」というタイトルではじまり、その内容には目を疑った。ピアノでトレモロ奏法を弾く。しかも「アルハンブラ」。「8分音符ひとつにつき、3連符を連続的に打鍵する」と書いてある。このCDに収められている録音の演奏を、私はライヴで聴くことができた。すべてが驚きであり、超越した演奏である!!作曲したタレガの真髄を理解したうえで、まさに「平原音楽」が展開されていった。ギターのためにつくられた最高傑作がピアノ曲として、「アルハンブラの奇蹟」誕生の瞬間であった。「アルハンブラ」はクラシックギタリストにとって「神聖」なのである。しかし、どんな理由をつけても、平原氏の演奏を否定することなどできない。
「神のみぞ知る音楽を現世に伝える超人」私は、平原誠之氏の肩書きをそのように呼ぶことにした。

平原誠之 1980年生まれのピアニスト。人は彼を「天才ピアニスト」と呼ぶ。 7歳からピアノを弾き始め、正式な音楽教育をほとんど受けないまま、独学で演奏と作曲を身に付けた。そして2004年にデビュー作「あふれる涙・・・」をリリース。ぼくはジャズ専門誌からの依頼を受けて、同作のレビューを寄稿した。「天才」という先入観を抜きに、初めて聴いた平原の演奏について、次のように記している。「半数のオリジナルとオペラ、映画音楽、日本の唱歌、美空ひばり等で構成したプログラムは、古典という意味のクラシックとは趣が異なり、平原の自由な編曲センスを反映したもの。唸り声を伴って全身全霊を込めてピアノの姿をイメージさせる演奏は、聴き手を癒す効果をもたらすばかりでなく、即興的な要素も認められてユニーク。悲しみ、感謝など様々な感情の涙を表現した<あふれる涙・・・>を自然に受け入れられれば、あなたは平原ファンだ。」この文章は媒体の性格上、当然ジャズ・ファンの読者を念頭に置いたものであり、平原に対する興味を喚起する意図もあった。その後2005年末リリースの映像作品「魂の響」で"動く平原"を観て思った。「平原は大変な努力家なのだ」と。基本的な演奏法はもちろん、独創的なスタイルや作曲法を自分のものとするまでに重ねた時間とエネルギー。それはおそらく常人の想像も及ばない世界なのだろう。ぼくはますます音楽家平原に対する興味が高まった。今回登場する「アルハンブラの奇蹟」は約2年ぶりとなる平原のセカンドアルバムだ。全10曲のうち半数がさきの「魂の響」と同じ選曲のホール・コンサート。熱心なファンにはすでにお馴染みのレパートリーである。同作、あるいは実際にライブを体験した者ならば、この作品の演奏に平原の豊かな表情やボディ・アクション、鍵盤の上を優美に、そして時に激しいスピードで駆け巡る両手の動きをオーバーラップさせて、よりリアルな像を結ぶことができるに違いない。動く平原を未体験のリスナーは、ここで発せられる音、演奏中の息遣い、ステージと客席の間に醸成されるアンビエンス、ホール・トーン等々から、イマジネーションを広げることができるはずだ。ショパン、ブラームス、プッチーニといったクラシック、映画音楽、邦楽、オリジナルと、今作もジャンルの垣根を取り払ったプログラムで、平原は自己の世界を描き出している。それは初めて聴く者に対しても強烈に存在感を印象付ける演奏である。キラー・チューンと呼ぶべき、冒頭を飾る「アルハンブラ宮殿の想い出」は、ギター曲をピアノ曲に翻案した着想と、それを音楽作品として完成させた力量に驚くばかりだ。常識を覆すようなアプローチは痛快極まりない。定石通りの代表曲をそのまま借用した「〜の想い出」ではなく、「アルハンブラ」と「奇蹟」を結び付けたアルバム名にしたこと。ここにアルバム・コンセプトが集約されている。

平原誠之の演奏は、すっぽり独自の世界の中に没入し、実に感情のこもった音を表現してゆく。研ぎ澄まされた繊細な緻密な神経と、思い切りのよい大胆さが、うまく交差し同和して彼独自の世界を構築している。全く既成の型になどはまらなぬ所が長所であり、また魅力でもある。彼の作品も、また大変ユニークであり面白い。作品にも演奏と同じように神経を実に、細やかに使って置かれた音が見事に羅列されているのである。自作の曲は平原誠之自身が独得の奏法で演奏することにより、見事に開花しているのである。作品、演奏が一体となり独自の世界を用いているのが一大特徴と言えるのであろう。
平原誠之は独自の世界に入り、独特の演奏スタイル、表情、表現に浸り切る。初めて彼の演奏世界に接した人は寸時とまどうかもしれないが、しばらく聴いていると、なるほどと充分な納得があるのだ。 『平原音楽』の本質的な面白さ、真骨頂は平原誠之が自分の作品を自演するところにある。
滝廉太郎の最後の作品になった「憾」。これは実に滝の人生を呪う気持ちの伝わる名演である。

美しい音楽は愛する人と過ごした時間を再現して、
その人を想う悲しみに似た感情を思い出させる。
それはせつなさと言うこともあるけれど、
それだけでは表現しきれない、感動と一緒になった想いを
心の中にいつまでも残してくれる。
ピアニストは自分の心の中にある愛情を音で表わし、
聴衆のそれぞれの心にある愛情の糸に触れる。
美しい音楽によって、僕たちは自分の想いの強さ、
愛情の深さを教えられる。
毎回多くの素晴らしいアンケートを頂戴し、一部紹介させて頂きます。
■映画の「アマデウス」を思い出しました。天才の出現した驚きを私も体験させて頂きました。
■ただただ感動し涙が流れて仕方ありません。素晴らしいの一言です。
■演奏が始まるや否や深い感動で涙が溢れました。
■まるで別世界に入ったようで魂を揺さ振る見事な演奏でした。
■魂を揺さ振られる素晴らしい演奏でした。母を亡くしました。演奏を聴き涙が止まりませんでした。
■びっくり仰天です。噂より何百倍、いやもっと素晴らしい。エネルギッシュ!もっと世界的な方になる。
■まさに神の手。今まで演奏会やテレビで観た演奏とは異なり、私の常識を破るものでした。
